| 森田 高田さんと同様、地元の私としてはとても共感できるうれしい話ですね。私は駅前や郊外ばかりでではなく、歴史のある材木町や本町のいわゆる旧商店街が再生され、もう一度輝いてくれたらといつも思っています。
高田 歴史や文化というものは一夜でできるものではないものですが、高度成長やバブルの時にどんどん排除されてしまいました。文化を創ることは大変な時間と労力が必要ですが、壊すことは簡単です。でも、そろそろそういう時代を考え直す時期に来ていると思います。自分がここに店を出すことが、少しでもこのまちの活性化につながればと思っています。
森田 私は高校生の頃からロックが好きでバンドを組んでいました。私の時代はギターを弾くのが当たり前のような時代でした。そんなわけで、市議会議員になってたまには息子と一緒にバンドを組んで演奏していました。高田さんはどのようなきっかけで音楽を始め、現在のようなギター専門店をされるようになったのでしょうか。
高田 一番の影響は父親だと思います。私の父の時代の最先端の音楽、特に洋楽を言われるものはハワイアンでした。父はハワイアンのバンドを組み演奏活動をしていました。そんな姿を見ていたからでしょうか、フォークソングブームになると当たり前のようにギターを弾きながら歌っていました。
森田 ホームページで拝見したのですが、「東松山フォークジャンボリー」を開催されているようですね。 |